菊地修弁護士の労働事件レポート(その5)~介護労働の現場


1 超高齢化社会の進展に伴い介護現場・介護労働のニーズ・重要性が高まっています。しかし、その労働条件はそれに見合っているものになっていません。
  ある組合が行った調査によると、ホームヘルパーの約95%、施設の介護職員の約74%が年収300万円未満、ヘルパーの4分の3は年収150万円未満で、ワーキングプア状態が蔓延しています。雇用形態は非正規が半数を超え、離職率が異常に高くなっています。
  介護労働者の多くは、身内で介護の経験がある人やこの仕事の社会的意義を自覚している人達であり、皆高い問題意識で献身的に働いています。しかし、上記のような低賃金では到底生活できませんし、長続きしません。

2 私の知り合いのAさんは、介護施設法人Bで働いている介護労働者です。Aさんは、次のように指摘します。

 介護施設には独特な職場環境があります。
 この業界では「介護に処方箋はない」という人がいます。医療では、医師が定める処方箋によって治療が進められ、看護師や薬剤師などはこれに従って処置をすることになります。内容は医療保険の規定に定められています。
 介護保険も基本的には同じですが、食事や入浴など利用者の基本的な日常生活に関わる項目のみです。本来の介護士は最低限それだけやっていればよいのかもしれません。
しかし実態は違います。医療的な処置も日常的にやっています。痰の吸引・胃ろう注入・服薬管理、施設によっては褥瘡の処置などもやっているようです。
 介護の現場は、医師→看護師→介護士の序列による力関係で成り立っており、看護師のように自分の職業的境界を主張するのは困難です。(例えば移乗などの身体介助は、看護師はやらないのが一般的です。)
 介護士業務の重要な項目に利用者との「関わり」があります。安全安楽に利用者が生活できているかなど、施設によってはホスピタリティなど様々な意義付けをしています。
 宮城県内の某法人の場合ですが、千名近い従業員がメールリストに登録し、毎日職員の「関わり」について体験発表などをメール送信します。当然100点はなく、最後に反省があり、「頑張ります!」の定型フレーズで終わります。この法人では他に時間外の「社内研修」があり(無報酬・参加費交通費自己負担)、これをポイント制にして賞与や昇給に大きく反映させます。当然「現実的」でネガティブな発信はできません。
 また、従業員の定期健診もまともに実施しません。別の医療機関に自己負担で検診を受けている場合も多いようです。
多くの介護士は、経営者側の労務管理の都合から、自分が「労働者」であるという自意識を持たない、あるいは持てない、持ってはいてもそれを主張できない環境に置かれているように思います。
厚生労働省の統計によれば、2012年の介護職員(介護とその他職員)数は約219万人です。2025年には最低でもこの1.5倍以上の介護職員が必要になると試算されています。
これに対し、2011年の看護職員数(看護師・准看護師・保健師・助産師などの総称)は約150万人です。
 宮城県内の介護職の平均年収の多くは200万円台前半と思われ、管理的な職位で300万円台となる場合もありますが、ほとんど時間外手当等はなく、その勤務実態は過酷です。
一方、看護職員の年収は350万円~450万円程度が一般的なようです。
因みに、仙台市の生活保護費は月15万5千円ぐらいです。
外国人労働者の受け入れも言われていますが、容易ではないと思われます。
 介護労働者は、すでに労働階層として大きな存在となっています。そして今後飛躍的にその社会的重要性を増していきます。
しかしその実態は、労働基準法や労働安全衛生法などを無視した施設が多くあると思われます。特に営利を目的とした業者の参入が認められてからは、状況はさらに複雑になっているようです。
この業界には、自身の介護経験から専門学校などに進み、志しを持って就職する人も多くいます。しかし、この報酬で家族を養い、子を育むのは現実的に困難です。このままでよいとは、絶対に思えないのです。

3 Aさんが言う、介護労働者は労働者としての意識を持てない、持っていてもそれを主張できない環境におかれているとの指摘は、ショックです。確かに、私の経験でも法律事務所に相談に来られた介護労働者は皆無です。
  介護労働者の労働条件を改善することは、介護労働者のみならず結局は利用者の利益につながることです。最近、利用者の介護事故の相談が増えています。私も訴訟案件を抱えています。劣悪な労働条件の下ではいつ重大な介護事故が起こっても不思議ではありません。
  この超高齢化社会のもと、私たちは遅かれ早かれ必ず介護施設、介護サービスのお世話になります。利用者として安心して老後を過ごせるためにも、介護労働現場の改善は急務です。


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